作家であり翻訳家でもある森下賢一(もりした・けんいち)さんに謝っておかなければならないことがある。このページのタイトル「居酒屋礼賛(いざかやらいさん)」は、実は森下さんが平成4(1992)年に出版した同名の著書のタイトルなのです。出版後数年が過ぎてから近くの図書館でこの本を見つけたのが、酒場巡りをする発端になったといっても過言ではなく、当時立ち上げたホームページの中の、自分が行った居酒屋のことなどを書きとめておくページにも、後々こんなにみなさんに読まれるページになるなんてことは考えることもなく、その名称「居酒屋礼賛」を無断で使ってしまっていたのでした。
なお小さいことではありますが、森下さんの著書は「居酒屋礼讃」。このページは「居酒屋礼賛」と、実は末尾の「賛」の字が違うのです。辞書にはどっちも載ってて、どっちも正しいのですが、文筆家である森下さんに較べると、こちらのページはまだまだ「『言』が不十分」ということで、言偏(ごんべん)を取っている次第です。はい。
そんな話を森下さんや吉田類(よしだ・るい)さんとも親交があるという青地さんに、飲んでる席でお話したところ、「それじゃ、森下先生に会ってお話できる機会を作れないかどうか、やってみましょう」ということになったのでした。
待ち合わせた場所は銀座のバー「ロックフィッシュ」。
ビルの2階にあるバーに入ってみると、すでに吉田類さんと青地さんとはいらっしゃっていて、カウンターでオン・ザ・ロックを傾けているところ。「どうもはじめまして」と吉田さんにごあいさつして、みんなで奥のテーブル席に移ります。吉田さんはテレビ(「吉田類の酒場放浪記」)や著書の写真等では知ってますが、実際に“意識して”(←詳細後述)お会いしたのは今日がはじめて。テレビで見るよりぐっと若々しくて、他のお客さんと混ざってもひときわ目立つダンディさです。
そこへ森下さんも到着。みんなで席を立ってごあいさつです。森下さんはギネス(黒ビール)を、私はハイボール(角瓶、800円)を注文して飲みはじめます。
まずさっそく冒頭の話をして森下さんに謝ります。森下さんは「あ。そう」とニコニコ。横から吉田さんが「大丈夫。そんなことを気にされる方ではありませんよ」と笑いながらフォローしてくれます。あぁ、よかった。長年の胸のつかえをやっととることができました。
森下さんと吉田さん、そして青地さんは、それぞれ森下さんの主宰する句会への参加者なので、普段どおりといった感じで会話が始まります。「ロックフィッシュは日曜日は休みなのかと思ってましたよ」と吉田さん。「日曜日もやるようになったんですよ。以前はお客さんも少なかったんだけど、最近は多いねぇ」と森下さん。たしかに。カウンターの他は、今私たちがいるテーブルも含めて2卓という小ぢんまりとした店内は、午後7時過ぎの現時点ですでに8割程度の入りです。
先月の雑誌「散歩の達人」(居酒屋特集号)には森下さん、吉田さんがともに載っていたのですが、「一緒に載るとは知らなかったよ」とおふたり。そういえば、森下さんが「最近はスタンプラリーのように居酒屋にやってきて黙々と飲んでいる若者が多い」と書かれてましたね。「そうなんだよ。酒場はその地域の文化を凝縮したものなんだから、スタンプラリーもいいけどまわりの人たちとも話をして、その土地の文化を味わってもらいたいね。僕も知らない酒場に行ったらできるだけまわりの人に話しかけるようにしてるんだ。たまには『お客さん。他の人に話しかけないでください』なんて店もあるけど、そう言われたら言われたでそれもまたおもしろい」と森下さん。
森下さんは企業の海外駐在員などを勤めてから文筆家として独立されたので、海外の経験も豊富。吉田さんも画家を志して海外生活をしていたことがあって、話題も世界の酒場へと展開します。
「ロンドンのパブがいいねぇ」とおふたり。「海外でもとにかく話しかけることが大事なんだよ」と森下さん。最小限の言葉しか知らなくてもいいから、とにかく身ぶり手ぶりも交えて話しかけてると、なんとはなしに意思の疎通がはかれるんだそうです。「国で言うとアイルランド、イギリス、スペイン、そしてモロッコの酒場がいいねぇ。」「ほぉ。みごとに南北の縦のラインですね。」「暖流が流れている海沿いがよく飲むのかな。」「そういや、吉田さんの故郷、高知も暖流沿いですね。」「そう。よく飲むんだよ。先日も土佐に帰ったら、徹底的に飲まされてつぶされちゃったよ」と吉田さん。近々、酒場放浪記のスペシャル版のような企画で高知の酒場の特集をやるので、その収録のために近くまた高知に出かけるのだそうです。
酒場放浪記の中ではけっこう本気で飲んでらっしゃいますよねぇ。「飲まずに撮ることもできるんだけど、そうやって撮ったものは後で見ておもしろくない。うまく店にとけ込めていないんだよね」と吉田さん。そうそう。見ていておもしろいのは完全に酔っ払って、他のお客さんたちとも一体化しながら盛りあがったりしてるところです。「1日に3~4軒撮りますからね。最後はもうフラフラで、店の外で撮るコメントも、もう呂律(ろれつ)がまわらない(笑)。民放のBSなんてあまり見てないだろうと思ってたら、地方に行くとケーブルテレビで見てる人が多いみたいでねぇ。町を歩いてたら急に声をかけられたりするんですよ」。
2杯目の飲み物は、「ギネスがあるんだったら飲みたいな」ということでみんなそろってギネスをもらいます。作るところをを見ていたところ、ギネスは市販の缶入りのものを注いでくれるんですね。どれどれ。う~む。このコクがギネスですねぇ。久しぶりにいただきました。
「ところで、お酒はいつごろから飲まれてたんだろうねぇ」。さっきまでの世界の酒場論議から、今度は歴史をさかのぼります。「猿酒(さるざけ)が起源なんて説もありますが、かなり昔から造って飲んでたみたいですねぇ」と吉田さん。「そうなんだよ。日本でも縄文時代の遺跡から、そのままは食べないような果実の種がかたまって見つかったりしてるんだ。ありゃきっと酒を造ったんだな。米作りよりも前から酒を飲んでたってことだ」とそれに答える森下さん。私のように単に呑んだくれてるだけではなくて、こういう時代的な背景なども文化として調べられてるんですね、おふたりは。
テーブルの上にはつきだしとして小皿に盛られたアラレと同じく小皿に盛られた柿の種が出ており、それらをポリポリとかじりながらの談笑です。横には大きなビンにたっぷりの落花生。これは勝手に食べてもいいみたいですね。パキッと外の殻を破りながらいただきます。もう1本、同じ大きさの空ビンが殻入れかな。
3杯目は森下さんと青地さんが生ビール(モルツ)。吉田さんと私がハイボール(角瓶)です。ここのハイボールは、冷えたグラスに角をダブルでそそぎ炭酸で割ったもので、特徴的なのは氷がないこと。このスタイルを「大阪ハイボール」と呼ぶんだそうです。まるで下町の元祖チュウハイに氷が入ってないのと同じような感じですね。
「あまりバーには行かないの?」と森下さん。「近所のバーにはときどき行くんですけど、銀座などよその土地のバーはあまり行ったことがないんです」。「この下にあった「クール」は?」と吉田さん。そう、ここ「ロックフィッシュ」は、「クール」があったビルの2階にあるんです。「実はその「クール」にも行ったことがないんですよ。いつか行かなきゃなぁ、と思ってるうちに閉店しちゃいました」。「ずっと立ってなきゃいけないからねぇ。大変だったんだろう古川さんも」と、「クール」のオーナー・バーテンダー古川緑郎さんのことを気遣う森下さん。なにしろ古川さんは大正5(1916)年生まれ。今年で88歳(米寿)ですからねぇ。
銀座の老舗バーも、後継者の問題等々で「クール」「銀座いそむら」「サンスーシー」などもなくなり、「トニーズバー」のトニーさんも亡くなりました。「「ルパン」はあいかわらず繁盛してるようですねぇ。」「「ボルドー」「ジョンベッグ」「あるぷ」は行っておいたほうがいいよ。」「「ボルドー」では立ち飲みカウンターで飲むのがいいね。ボックス席に座ると7千円くらいはかかるよ」と界隈のバーの話題が続きます。
- 「ボルドー」03-3571-0381 中央区銀座8-10-7

- 「ジョンベッグ」03-3591-6818 港区新橋1-13-1

- 「あるぷ」03-3571-6464 中央区銀座8-7-5

さて、最初の吉田類さんのご紹介のところで「“意識して”お会いしたのは今日がはじめて」と書きました。実は私がはじめて木場の「河本」に行ったときに、閉店まで後2分というタイミングで飛び込んできた吉田さんというお客さんがいました。「大丈夫。2分で飲むから。ますみちゃん、1杯だけ飲ませて。ホッピーと煮込み」と私の右どなりに座ったこの人が、実は吉田類さんだったらしいのです。この当時、「河本」の常連さんで“吉田さん”という名前の人は吉田類さんだけだったんですって。
その頃は「立ち飲み屋」という図書によって、かろうじて“吉田類さん”という名前を認識しているといった程度。どんなお顔かも全然知らなかったので、となりにいる人がご本人だということにちっとも気がつかなかったのでした。そういえば、同じ本の共著者のひとりである小野員裕(おの・かずひろ)さんに中野の「路傍」でお会いしたのも同じ頃でしたねぇ。
「河本」は吉田類さんもそうですが、森下さんも大常連さんなのだそうです。
3杯目の飲み物を飲み終えたところで、「次はどうする?」「せっかくだからもう1軒、同じ大阪ハイボールを出す「銀座サンボア」に行ってみますか。」「いいですねぇ」と話がまとまって席を立ちます。
4人で3杯ずつ。ちょうど2時間楽しんで、10,500円(ひとり平均2,625円)でした。
・店情報
《平成16(2004)年12月12日(日)の記録》
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