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2年寝かした魚の胆汁 … 「奇天烈な店」(3/4)

10品目。大ぶりのお猪口風の器で出されたのは、自家製らしきカツオの酒盗です。

この店を題材にして作られた小説『奇天烈な店』(村松友視・著)には、カツオの酒盗は登場しませんが、その代わりイカの塩辛やサンマの塩辛が載っています。

例えばイカの塩辛。『まず身とわたの水分を切り、身は一夜干しにする。わたをザルに入れて塩をふり、冷蔵庫にひと晩入れて水を切る。そのあと、身を細切りにし、わたをしごいて合せる。そのとき、塩は一度に決めないで、2、3日かけて少しずつ決めてゆく……』

サンマの塩辛は、会話形式で記載されているのですが、それをまとめると『サンマの星(心臓のこと)、胃、腸、胆のう、レバーなど、全部の臓器を半年くらいホワイトリカーにつけておくんですよ。で、半年後にホワイトリカーの水分をよく切ってから、塩だけでつけ込んで、月に1回よくかき混ぜる。4、5年たって味わってみると、何かこの、遠い昔の便りを味わっているような、不思議な逸品になる』というすごいものらしいのです。

時間をかけて、手間をかけて。それが、この店の、この店主のやり方なんでしょうね。

店主の手が空けば、このカツオの酒盗についても話を伺いたいところなのですが、予約の4人が来店した直後とあって、ちょっと忙しそうです。

11品目として出されたのは、これまた小さな角皿にのせられた透明な棒状のもの。タコの卵よりもまだ細くて長いのが4~5本。なんだろうなぁ。いろんな角度から見てみても、箸でつまみあげてみても、これまでに見たことがないものです。

どーれ、と口に入れてみると、卵なら表面の皮がプツンと破れて、中身がとろんと出てきそうですが、そのプツンの食感もない。全体として弾力感があります。うーん。ますますわからん。

予約の4名への一連の料理も一段落し、ちょうど店主の手も空いてきたようです。

「これは何なんでしょう?」
「これはねぇ。アオヤギの入水管と出水管の間にある弁なんですよ。これがあっちに行ったり、こっちに行ったりすることで、水の出入りが切り換わるらしいんですね」
「なんと……」

ただでさえ小さい貝の身を解体して、この弁を取り出したんですね。まさに「鮨屋というより医者、料理というより腑分け」です。

「この店の前は、何度も通ったんですけど、なかなか入れなかったんですよ。『奇天烈な店』には一見さんお断りと書いてあるし……」
「ご覧のとおり、狭いお店ですので、予約をしていらしていただければ大丈夫ですよ。毎月いらしていただけると、その季節ごとの料理を味わっていただけますから、ぜひまたいらしてください」

なるほど。言われてみれば、常連さんらしき4人連れの前には、私のところに出された珍味系も何品か出ていますが、ほとんどは季節の小鉢系の料理です。しょっちゅう来られているようなので、その時季、その時季の品物を中心に出しているんでしょうね。

「営業時間は?」と尋ねてみると、「予約していただいた時間に営業するようにしてるんですよ。日曜日はお休みです」という返事。なるほど、ふらりと入ってくるお客さんは(よほどの常連さんでない限り)いないわけだから、すべて予約次第ということなんですね。

カウンターの奥の壁(バーで言うとバックバーのところ)の右手上部にはテレビも置かれていて、ひとり客でも手持ちぶさたにならないようになっています。

「はい、これ」と差し出してくれたのは、店主の親指と人差し指ではさんで、上に向けて立てた爪楊枝。

「先っぽに緑色の結晶が付いてるでしょう。1回分が、だいたいこれくらいの量ですから、それくらいずつ舌の上にのせてみてください」

爪楊枝と一緒に、またまた2~3センチ角の小さな小さな小皿が登場です。その小皿の中央に、ポツンとのっている若草色の小さい塊の結晶が、この爪楊枝の先っぽのものなんですね。

「石ガレイの胆汁です。これは2年ものです」と店主。

出ました石ガレイの胆汁! 『奇天烈な店』で紹介されている料理のうち、もっとも食べてみたかったのが、この石ガレイの胆汁なのです。

この石ガレイの胆汁については、『奇天烈な店』の中で、親方(店主)の語りとして、その作り方が載っていますので引用させていただきます。

『まず、石ガレイの胆汁を小さい瓶に入れて、フリーザーに収めるんですよ。200尾分くらいの胆汁が貯(たま)ったところで取り出して、解凍したら瓶の中央に竹串を入れて、またフリーザーに収める。そうやって2、3日おいて、また取り出してということをくり返すんですよね。そうすると、余分な水分が竹串に附着しますから、これを捨てる。それを何度かくり返すと、胆汁の原液ができるんですよ、つまり100パーセントの胆汁ね。量なんか、もとの5分の2くらいになっちゃう。その原液に塩を入れて2、3年冷凍庫に入れておくんですよ。そうするとこういう若草色の結晶体になるんです』

爪楊枝の先っぽの緑の結晶を、舌の上にそっとのせます。ぐぅ~っ。苦ぁ~~っ。しかし、そのあといただく日本酒は、こんなに旨かったのかと改めて思うぐらい、ものすごく甘く、旨く感じます。

これを書くのにあたって、『奇天烈な店』を読み返していたところ「しまった!」と思ったことがひとつ。この胆汁は舌の上にのせたまま、唾液(だえき)の分泌をじっと待っていると、唾液が出てくると甘みが生じて、その変化が愉(たの)しいのだそうです。

『最初、源さんは苦みが酒に合うのかとばかり、ケシの実ほどの胆汁を口に入れるとすぐ、酒を飲んでいた。しかし、それでは口中における味の変化という、最高の愉しみが欠落してしまうことを知り、いまでは酒をじっと我慢しているようになった』

うーむ。私は初期の源さんと同じことを、やっちゃったようです。すぐにお酒を飲んじゃったなぁ。それでもものすごい味わいでした。でも、次の機会には、絶対にお酒を我慢して、味の変化を楽しまなきゃね。

つづく) / [→第1話に飛ぶ

《平成19(2007)年5月4日(金)の記録》

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