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料理というより腑分け … 「奇天烈な店」(1/4)

村松友視氏が、今から10年ほど前に著した『奇天烈(きてれつ)な店』という小説があります。なにしろ小説ですので、あくまでもフィクションなのですが、『東京都内、ある駅の北口で降り、ロータリーの向う側にあるアーケード街を歩いて行くと、左手に眼鏡屋がある。眼鏡屋の看板には、視力の検査表がデザインとして使われているが、その看板の手前を左に折れ、二人並んでは窮屈なほどの狭い小路を覗(のぞ)くと、突き当りに店の入口らしい引戸が見える。だが、いつ行ってもノレンは内側に透かし見えるだけ。とても営業中の雰囲気はない。店内はとりあえずといった感じの灯(あかり)がついていて、人影が見えたり見えなかったり……通りがかりの人が引戸を開けるには、かなりの思い切りがいるといった趣だ。つまり、一見(いちげん)の客を拒絶する気配が、店全体にただよっているのである』という、この小説の冒頭部分そのままのお店が実在しているのです。

この店を知ったのは5年以上前。以来、気になって気になってしょうがないお店だったのですが、村松氏のフィクションによると、人見知りな店主は、ふらりと入ってくる初めてのお客をみんな断っちゃうと書かれている。しかも、この小説を何度も何度も読むにつれて、ますます常連さんたちの秘密の隠れ家的なイメージが高まっていって、何度も店の前は通るのに、勇気を出して入口の引戸を開けてみるまでには、いたらなかったのでした。

しかし、今回の春連休中のテーマは「近くの名店を探る」。そのテーマにそって、どうしても押さえておきたい1軒が、このお店だったのです。

いきなり行くと、人見知りの店主に断られるに決まってる。よーし。電話をしてみよう。店の名前をタウンページ(職業別電話帳)で調べると、ちゃんと載ってました。
「もしもし。初めて電話しますが、私、村松友視さんの『奇天烈な店』という本を読んで、ぜひそちらに伺ってみたいんです」
「あぁ、そうですか。それはそれは。狭い店ですので、予約をしていらしていただければ結構ですよ」
小説のイメージから、人見知りで、頑固なオヤジさん像を描いていたのですが、電話の声はとても穏やかで、やさしい。
「その予約は、今日でもいいんでしょうか」
「え? 今日ですか? 何時ごろでしょう?」
「6時には行けますっ!」
やったぁ! 行ける! と思って、つい勢い込んでしまう私に、店主からは
「はいはい。お待ちしてますよ」と、にこやかな答えが返ってきます。

電話を切って、ルンルンと足取りも軽く店へと向かいます。いつもはガツンと拒まれているように見える入口の内側ノレン。でも今日は平気です。よいしょ、っと開ける引戸も心地よい。

「こんにちは、先ほど……」と言いかけたところで、
「はいはい。お電話の方ですね。いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」と、カウンターの中にいるニコニコ笑顔の店主と、同じくニコニコ笑顔のおかみさんの二人が迎えてくれます。入口から、右手に向かって伸びる横一線、7人分だけのカウンターには先客は無し。ただ、入口のすぐ近くの4席に箸置きや、お箸が並んでいて、そこが予約席であることが示されています。そして、その4席からひとつ空けて右側、右端からふたつ目のところに、もうひとつお箸が置かれているところが、私用の席のようです。

「突然すみません。よろしくお願いします」とその席に座り、受け取ったおしぼりで手を拭きつつ、まずはビールを注文します。

店内にはメニューは一切なく、普通の寿司屋と同じように、カウンター上のネタケースの中に今日のネタがずらりと並んでいて、カウンター内の壁(バーで言うとバックバーのところ)に、日本酒の一升瓶などが比較的無造作に置かれています。

おかみさんから「はい、どうぞ」と出されたビールは、キリンラガー中瓶。それをトトトッとグラスに注いで、まず一杯。ッハーッ! よし。これでいつもの調子だ!

毎度のことながら、新しいお店に初めて入るときは、やっぱり緊張するんですよねぇ。その店で、1杯目のビールやお酒をいただいて、やっと少し緊張がほぐれる感じがするのでした。

「『奇天烈な店』を見ていらっしゃったんなら、あの本に出ていたような品物を適当にお出ししますね」と店主。
「それを楽しみにやってきました。ぜひよろしくお願いします」
「あの本が出てから、もう10年近く経ってますから、内容は少し変わってますよ」

そう言いながら出してくれた一品目は、小さい3センチ角くらいのお皿に、箸でひとつまみできるほどの小さな塊(かたまり)が1個。

「ホタテの上にウニをのせて焼いたものです」

ほぉ。『奇天烈な店』の中では、ウニのホタテすり身包みという品が紹介されていますが、それの現代版なのでしょうか。焼いてしばらく置いてから出すのか、ちょっと薫製っぽい硬さ。ただし、当然のことながら燻蒸香はなく、口に含んで噛みはじめると、口の中いっぱいにウニの香りが広がり、舌の上にはホタテの濃厚な旨みが広がります。うーん。1品目からやってくれるなぁ。

「ホッキ貝の白味噌和えです」

追いかけるように出された2品目は小鉢のホッキ貝。ヌタでもなく、もちろん醤油でいただく刺身でもない。口にはまったく出さないけれど、店主の笑顔の後ろには「ホッキ貝はこうして食べるのが一番おいしいんだよ」という自信のようなものを感じます。

こうなると、やっぱり日本酒ですね。まだビールも2杯分ほど残っていますが、これはときどきチェイサーでいただくことにして、さっそく燗酒をお願いします。

次に出された、お猪口くらいの大きさの小鉢には、少量の煮物(3品目)。んー? なんだろう? 怪訝そうな顔をしていると、店主が「真鯛の胃と腸を煮たものです」と教えてくれます。

私自身、かなりのモツ好きだと自認しているのですが、それでも食べたことあるモツは豚、鶏、牛くらい。魚のものは、鰻の肝の串焼きか、鮎や秋刀魚を焼いたときに、丸ごと内臓もいただく程度。この店では、その魚のモツをいろいろといただくことができるのです。とはいうものの、豚・牛の内臓と比べると、はるかに小さい魚の内臓。件の『奇天烈な店』でも「鮨屋というより医者、料理というより腑分け」と称されているほどです。

豚や牛の胃・腸(ガツ、ミノ、センマイ、シロ、テッポウなど)もしっかりとしていますが、この鯛の胃・腸の弾力感もすごいですねぇ。魚のモツも、こんなにうまいんだ!

つづく

《平成19(2007)年5月4日(金)の記録》

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コメント

素晴らしい。
なんだか、ワクワクしてきます。
続きも楽しみ。

投稿: 風車のダン吉 | 2007.05.28 11:18

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