横須賀ホッピー巡り3 … 大衆酒場「興津屋(おきつや)」(横須賀・汐入)
1軒1杯ずつのホッピーをいただきながら、横須賀を巡る旅。3軒目(3杯目)は、横須賀中央から汐入方面にトコトコと歩き、ドブ板通りの入口にある大衆酒場「興津屋」です。
「こんばんは」と入った店内には、先客はなし。現在の時刻は午後8時。この店の営業は9時までなので、もうお客さんたちが帰ったあとなんでしょうか。
さっそくホッピー(450円)をもらうと、ここも純正ホッピー・タンブラーの星二つ分(110ml)以上。お通し(サービス)は小皿にちょこっと盛られた漬物です。
横須賀地区のホッピーは、焼酎として「源氏焼酎」を使っているところが多いのが特徴のひとつ。そんな中にあって、ここ「興津屋」の焼酎は、東京下町スタンダードの「キンミヤ焼酎」です。
刺身ブツ(300円)、いか刺し(300円)、オクラ(200円)、トマト(200円)、納豆(100円)、塩豆(100円)、南京豆(200円)、バターピーナッツ(柿の種入り、200円)、グリンピース(100円)、チーズ(100円)、サラミ(200円)、いかの塩辛(150円)などと並ぶメニューから、カボチャのバター焼き(200円)をいただきます。
女将さんひとりで切り盛りされている、このお店。他にお客さんがいないこともあって、その女将さんが我われの話し相手になってくれて、この店の歴史を語ってくれました。
店の創業は昭和2(1927)年といいますから、今年でちょうど創業80年。先代が興津(おきつ。静岡市清水区)の出身なので「興津屋」という店名にしたのだそうです。その頃は、どっちかというと酒屋さんで、その店頭で酒を飲ませたりもしていたのだそうです。
奥の部屋から女将さんが持ってきてくれたのは、昭和11年ごろに撮影したのだろうという、この店の写真。先代のご家族や、従業員のみなさんが、3階建てビルの店の前にずらりとそろって写した写真です。この頃に3階建てのビルというのもすごいですねぇ。向かって左隣は旅館、右隣もなにやらお店っぽい。「キリン生ビール」なんて看板もあって、この時代から生ビールがあったことがわかります。
「真ん中あたりに、お母さんに抱かれた赤ん坊が写ってるでしょう。その子が2代目で、私の主人なのよ。主人は昭和10年生まれだったから、この写真が昭和11年ごろに撮られたものだろうと話してるのよね」と女将さん。
その後、戦争が激しくなって、戦時疎開によって一時閉店。終戦後、またこの土地で店を再開したのだそうです。再開にあたって、「酒屋か、酒場か、どっちかにしてくれ」と言われて、酒場にするほうを選んだのだそうです。
「横須賀は坂の多い町でしょう。そんな町なかを配達して回るのが大変なので、先代は、酒場にすることを選んだんでしょうねぇ」
この店も、最初は源氏焼酎を使っていたのだそうで、お手洗いの入口上部に古い源氏焼酎のポスターが掲げられています。
「写真に写ってるのは、東洋醸造(←当時の源氏焼酎製造所)の杜氏さんなんだけど、おじいちゃん(先代)によく似てるので、今もずっと置いてるんですよ」と女将さん。
源氏焼酎からキンミヤ焼酎に切り替えたのは昭和40年代のこと。そのころ、一時的に源氏焼酎が入荷できなくなったことがあって、それがきっかけでキンミヤ焼酎にかわったんだそうです。
「昔は中(ちゅう)ホッピーという、今の炭酸なんかと同じくらいのサイズのホッピーがあってね。ホッピーが少ない分、焼酎が多くなるので、その中ホッピーが人気だったのよ。早く酔っぱらって次に行こう、って感じのお客さんが多かったわねぇ」
なにしろ米軍横須賀基地正門のまん前にありますからねぇ。仕事を終えた人たちが続々とやってきて、ここで下地を作っては町へと流れていったんでしょう。
そんな話を楽しく聞かせてもらっているうちに、気がつけば閉店時刻の午後9時です。いやいや、どうもありがとうございました。
お勘定はふたりで1,100円(ひとり550円)でした。
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