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ゆったりとゆっくりと … 居酒屋「どん底(どんぞこ)」(呉)

居酒屋「どん底」


 呉駅前にある老舗大衆食堂、「森田食堂」のことをご紹介いただいたrum mentholさんから、併せてご紹介をしていただいていたのが、呉市本通2丁目にあるスタンドバー「どん底」です。

『呉に「どん底」ありという歴史ある名店ですね。亡くなったマスターの粋が感じられるお店です。今はママさん一人でやってますが体調がすぐれず、お店の存亡が心配されています。ママさんは戦中戦後の動乱の呉を知る生き字引です(「仁義なき戦い」の舞台でもあったようです)。お店を閉める前に是非お立ち寄りください。』

 このコメントをいただいたのが、昨年(2009年)9月のこと。それから半年たった今日、はじめてその「どん底」にやってきました。

 生垣(いけがき)に囲まれた店は、店頭に「居酒屋 どん底」と書かれた灯籠(とうろう)看板があり、その奥にいかにも重厚な木製の扉。店舗になっている1階部分には窓はなく、大きな店なんだけどいかにも隠れ家風で、見るからに敷居が高い雰囲気をかもし出しています。

 その扉をヨイショと引くと、目の前には半畳分ほどの閉空間があって、左側と正面は壁で仕切られていて店内は見えない仕組み。開いている右側に店内へと下りる数段の階段があり、その階段に踏み込んだところでカウンターの中にいる女将さんから、「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」という声がかかり、広いカウンター席の中央部を指し示してくれます。

 土曜日、午後8時半の店内には先客は男性ひとり客が一人いるのみ。

 店内は大きな大きなL字カウンターと、入口から見て右側の空間にテーブル席があり、大きな店内なのに全体で30席ほどのキャパシティ。天井もグンと高く、全体として、30席規模のバーをそのまま縦・横・高さ方向のすべてに1.5倍程度にスケールアップしたようなイメージで、ものすごく空間的なゆとりを感じます。

 そのカウンターは巨木の1枚板なのですが、板とはいえないほどの厚みがあり、奥行きも軽く1メートル以上。

「これはすごい」

 出されたおしぼりを受け取りながら思わずそうつぶやいてしまうと、女将が、

「樹齢400年の楓(かえで)の木なんですよ。主人(故人)がこだわってね。今じゃ、探してもないかもしれないですね」

 と笑顔で教えてくれます。この穏やかな表情の女将は、昭和4(1929)年生まれの81歳。ご主人が60代で亡くなった後、ひとりでこの店を切り盛りしてこられたんだそうです。

「なんになさいますか?」

 店の壁にはおでん類など、料理の品書きはありますが、値段は書かれておらず、飲み物については品書きはありません。バックバーの大きな棚には、各種のお酒がずらりと並び、『お好きなものを何でもどうぞ』という構えです。

「竹鶴(ニッカウイスキー)12年を、ソーダ割りでお願いします」

「はいはい」

 と言いながら、バックバーから竹鶴12年を取り出してくれると、なんと新品・未開封のボトルです。

「申し訳ありませんが、これ、開けてくださる? ちょっと難しくて…」

 とそのボトルを大きなカウンターの向こうから渡してくれる女将さん。「いいですよ」と受け取って、透明なビニールの封印をはずし、キャップを開けます。この透明なビニール封印の境目がわかりにくいんですね。「はい、開きましたよ」と女将に返すと、静かに竹鶴ハイボールを作ってくれます。

 どれどれ。あぁ、やわらかいできあがりで美味しい。

 この女将さんにシェイカーで作ってもらうカクテルもおいしいかもね。シャカシャカと元気よく作ってくれるカクテルもさることながら、女性バーテンダーがやさしく作ってくれるカクテルもまた味わい深くていいのです。横浜・野毛の「日の出理容院」がそうだし、今はなき「バラ荘」もそうでした。

 お通しとして出してくれたのは、小鉢にたっぷりと盛られたホウレン草のおひたしです。ふりかけられた炒りゴマが芳ばしくていいですねえ。

 この店は昭和28(1953)年の創業。今年中に創業57年を迎えます。現在の建物は昭和45(1970)年に建てたものなのだそうで、2階がご自宅になっています。

「これだけゆったりと空間を取ると、1階といっても、普通の2階分の高さがあるから、2階との間を行き来すると、3階まで上り下りするのと同じ感じになるんですよ。この年になると、それがこたえて、こたえて」

 rum mentholさんが書かれていたとおり、女将さんは腰の具合がちょっとお悪いんだそうで、階段の上り下りや長い立ち仕事はつらいんだそうです。

「それにしても、このゆったり感はすばらしいですね。向こうの本棚には立派な本がずらりと並んでいるし」

「いい本があると、すぐに主人が買ってきてたんですよ。何万円もするような本もあるんですよ。けっして金銭的にゆとりがあるわけじゃないのに、そういうところにはお金を惜しまない人でした」

 ご主人と女将さんの新婚旅行の行き先は東京だったんだそうです。「一流のものを食べないといけない」というご主人のこだわりで、帝国ホテルに泊まって、都内で一流と言われている店々で立派なディナーを食べ歩くような新婚旅行でした。ところが、帰り道は予算が不足してきて、帰りの食堂車では二人でオムライスを1個を分けあって食べるような状況になってしまうほどだったんだそうです。

「若いころだから、そんな量じゃぜんぜん足りなくてねえ。ひもじい思いをしながら呉まで戻ってきたんですよ。呉駅からここまで帰ってくるのも、車にも乗れず、歩いて帰ってきたんですよ。それでも一流のものを食べたかったのねえ。主人は何かにつけてそんな人でした」と笑って語ってくれます。

 そのご主人は、呉のスタンドバー協会の立ち上げにも関わったんだそうです。このあたりにはスタンドバーという、一般的に言うバーとスナックとの中間のような営業形態の店が多く、これが呉や広島の特徴的な酒場の姿になっているのです。

 ご主人は決して女嫌いではなく、ご自身もよくもてていたらしいのですが、女性とイチャイチャしながらお酒を飲んだりすることは「行儀が悪い」といって嫌い、スタンドバー協会を立ち上げたときにも、『スタンドバーでは女性はお酌をする程度まで』ということを明記したんだそうです。その流れが現在の呉のスタンドバーにもつながっていて、店の女性はカウンターの中でサービスし、お客はカウンターの外で飲んだり話したり歌ったりするのです。

「主人はお行儀が悪いことはとても嫌がってました。そういう営業をずっと続けているうちに、お行儀のいいお客さんたちがたくさんいらしてくれるようになったんですよ」

 とうれしそうに話してくれる女将さん。『武士は食わねど高楊枝』の心意気で、一流の店を目指してきて、それに同調するお客さんたちが集まってきてくれるようになったんですね。赤坂見附のバー「赤坂グレース」とも共通するような、凛とした空気を感じます。

 女将さんの話題の幅はとても広く、「へぇ~っ」と思わず聞き入ってしまうような話ばかり。ゆったりとした空間の中で、竹鶴ハイボールをもう1杯おかわりし、2時間弱の滞在のお勘定は3,500円。安くはないけど、けっして高くもないですよね。

「ありがとうございました。またいらしてくださいね」

 と最後までやわらかい笑顔で見送ってくれる女将さん。

「ごちそうさまでした。また寄らせていただきます」

 心も軽やかに店を後にしたのでした。すばらしい酒場ですねえ!

店情報

《平成22(2010)年4月10日(土)の記録》

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コメント

お久しぶりです。
呉に帰られたのですね。
居酒屋紀行のロケハンも兼ねて
どん底には、私も一度お邪魔しました。凄い店でしたね。
あわもりは、前まで行ったのですが、運悪くやっていませんでした。
結局、呉の回は実現せず、残念でした。
一番印象深いのは、IHI造船所を見渡せるところに建つ、大和の記念碑。
主砲の到達距離が40kmだったと知って驚きました。
その夜、あるバーへ行ったのですが、大の大和ファンのマスターに色々と話を聞きました。
「40km先の船を標的にしても当る分けは無い。砲弾が到達する前に、標的の船が動いてしまうので。」とか、
「あの大和を作ったIHIの評判が、戦後世界的に高く評価され、世界中から注文が相次いだ」などなど。
近々、再度呉を訪れたいと思っております。
その時は是非ご一緒してください。

投稿: 居酒屋のオヤジ | 2010.04.19 09:32

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