トリュフにエゾシカ … フランス料理「北島亭(きたじまてい)」(四ツ谷)
故郷(いなか)の友人が上京し、彼の息子(中3)も含めて3人で夕食です。あらかじめ予約を取れているということで、四ツ谷の「北島亭」に向かいます。店についたのは午後8時。この時間が、この店のラストオーダーの時間なのです。
例によって食前酒のクリュッグ(シャンパンの銘柄)を飲みながら、手渡されたホワイトボードを前に、楽しい楽しいメニュー選びです。
「メインは絶対にエゾシカ(2~3人前)にしようね!」。なにしろ、前回もエゾシカのメニューがあって、あとで北島シェフに「エゾシカを召し上がるかと思ってました」と言われたところだったので、気になっているメニューだったのです。
そんなわけで、メインはあっさりと決まり、前菜の選択へと移ります。「うにのコンソメゼリー寄せ」(3,000円)は、この店の看板のひとつ。毎回必ずたのんでます。これは今回も人数分いただきましょうね。
焼いた白子もうまいんだけどなぁ。値段が消えています。このホワイトボードの中で、値段が消えているものは、「もう売り切れました」ということを示しているのです。
おいしいワインを飲むためのつまみとして「サバのマリネ」と「マスのマリネ」(各3,000円)をひと皿ずつもらって、シェアしましょうか。
そして、われわれが「バクダン」と呼んでいる、「トリュフのパイ包みあげ」(12,000円)を人数分。これも、この季節ならではの一品です。
それと、本当はメイン用のメニューなんだけど、「黒むつのソテー(ポワレかも?)」(4,500円)をひと皿もらって、シェアしましょうか。
いつも、メニュー選びのときは、いくらでも食べられる感じがして、ついついたのみすぎちゃうんですが、最近はなんとかちょうどいいところというのが見つけられるようになってきたと思います。
まずはアミューズに、アンチョビの入ったミニ・クロワッサンが出され、それをサクサクと食べ終わるタイミングで「うにのコンソメゼリー寄せ」です。このメニューは、少しずつ表記や内容が変わりながらも、だいたいいつもあるようです。ウニの殻に入って出てくるときもあるのですが、この季節は平皿(スープ皿)で出てくるようです。これがまた、見た目にもとってもきれい。皿のまん中に生ウニがこんもりと盛られ、お皿いっぱいに冷たいコンソメゼリーが注がれている。上から見ると、茶色いコンソメゼリー越しに、ウニのしっかりとしたオレンジ色が透けて見えるのです。
皿の外周のところから、スプーンを差し込んで、ウニの1辺とともに、ゼリー状になったコンソメをパクリといただきます。なにしろ、このゼリーのやわらかさと、生ウニの身のやわらかさとが、ほとんど同じなのがすごいところ。歯を使う必要はまったくなくて、舌と上あごの間でトロンと押しつぶれるぐらいです。それとともに、ウニの甘さと、コンソメの味がフワァ~ッと口の中に広がります。キャァ~ッ。これはうまいですねぇ、いつ食べても。ここで、シャンパンをゴクリとひと口。まさに至福のひと時です。
サバとマスのマリネが出るタイミングで、白ワイン(コルトン・シャルルマーニュ1999年)と赤ワイン(ボンヌ・マール)を注文します。赤ワインは、栓を抜いてしばらくしたほうがおいしいらしいので、少し早めに注文しておく必要がああるのです。なお、「北島亭」では、グラスワインも用意されていますので、あまり量を飲まれない方は、それを飲むのもいいのではないでしょうか。
そして、今日の目玉のひとつ、「トリュフのパイ包みあげ」です。トリュフは、フォアグラを食べたりするときに、うす~くスライスされたものがちょっと乗っかってたりするものを食べることが多くて、どちらかというと香りを楽しむといったものになっていますよね。ところが、この「トリュフのパイ包みあげ」という料理は、トリュフそのものが主役なのです。
「来た来たぁ~っ!!」なんて大騒ぎをしながら、期待に胸を膨らませて、両手のフォークとナイフを握りなおします。そして、自分の鼻をできるだけパイに近づけておいて、おもむろにパイの中央をざっくりと切り裂くのです。その瞬間にドワァ~ッと広がるトリュフの香り! すっごいキノコですよねぇ、まったく。
パイ皮の中には、もちろんフォアグラも入っていますが、これはどちらかというと脂の味をつけるために添えられてる感じで、主役はあくまでもトリュフ。大きくぶつ切りにされたトリュフがゴロゴロと入っているのです。
あとでシェフに聞いたところでは、いつもの年は、この料理を作るときに1人前60gのトリュフを使うらしいのですが、今年はあまりの高値のために40gしか使えないのだそうです。「年末までキロ25万もしてましたからねぇ。年が明けてやっとキロ20万ぐらいになってきたところです」とシェフ。
しかも、この「トリュフのパイ包みあげ」は、トリュフが主役だけに、仕入れたトリュフのすべてがこの料理に使えるわけではないらしいのです。キロ20万のトリュフが、すべて使えたとしても、40gだと材料費だけでも8,000円。そうしてみると、1人前12,000円という値段は、けっして高くはない感じがしますよね。
そのトリュフの大きなかたまりをフォークにさして、口の中でコリコリとかじると、鼻の奥のほうから、トリュフの香りが体中に広がります。胃の中から逆流してくる香りまで、トリュフなのです。
そして、「黒むつのソテー」。皮の側にゴマをまぶして、こんがりと焼いた一品は、アブラがたっぷりとのっていて、身はトロトロ。これが、ことのほかうまいのです。
もともとが、“トリュフとエゾシカのつなぎにもう一品”ってな感じの、失礼な選択をしていたのに、それをガツンと叱られたような味わい。のちほど、すべてを食べ終わったあとで、彼の息子が「ゴマのついた魚が一番うまかった」といい、北島シェフが「今日の黒ムツは良かったですねぇ」と自画自賛したほどの品物だったのでした。
最後はエゾシカです。まずは焼きあがったエゾシカの塊りがお披露目され、すぐに切り分けるために厨房に戻っていきます。そして、人数分に切り分けられた、輝くような赤身の肉が出てきました。ん~。実にやわらかいですねぇ、これは。
昨年末に出版された“「北島亭」のフランス料理”という本(大本幸子著、日本放送出版協会発行)によりますと、フランスで修業していた北島シェフが、「オーベルジュ・ド・リル」というレストランで鹿肉のポアレを食べたことが、現在では“肉を焼かせたら右に出るものなし”と言われるほどの北島シェフの原点になったとのことなのです。
北島シェフは、どうすれば焼きあがった肉がバラ色になるか、肉をやわらかく焼けるかだけしか考えていないそうなのです。どうすれば肉がふわっと焼けるか。大きな肉に無理して火を入れないで、じわーっと火を入れていく。これが北島亭の肉の焼き方の極意らしいのです。
われわれがスタートするのが遅かったので、他のお客さんたちはすでに席を立ち、ホールには北島シェフも出てきました。明日(日曜日)は、店の定休日なので、北島シェフもシャンパンを飲み始めています。グラスで出た飲み物の残りを飲んでいるのだそうです。
「エゾシカは、猟師が山で撃ったその場で、高く売れる部分だけを切り取って持って帰るんですよ。全部は運べませんからね。それが、たまたまひと晩戸外に置いておかれたりすると、夜の寒さで凍ってしまう。こうなると、良くない肉になってしまうんですが、これが見分けられないんですよねぇ」といった話を聞かせてくれます。
北島シェフは、本当に料理が好きで好きでしょうがない様子で、食材のことや調理のことを、われわれ素人に対しても熱く語ってくれるのです。
われわれも、もう1本赤ワイン(シャトー・マルゴー1994年)を追加して、その話に聞き入ります。店員さんたちは、明日の定休日に向けて、われわれやシェフにあいさつをして、帰路につきます。みなさん、調理服姿の時には凛々しい感じがしますが、こうやって私服に着がえると、街なかの若いおにいちゃん風になるのが不思議です。「いい子なんですよ、みんな」。北島シェフも目を細めます。調理中には怒鳴りつけたりすることも多いらしいのですが、それもこれも、一所懸命さのあらわれなんでしょうね。
デザートのシャーベットの盛り合せと、エスプレッソをいただいて、どうもごちそうさまでした。う~。今日もまた満腹です。
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