町内に越してきて!? … 居酒屋「斎藤酒場(さいとうさかば)」(十条)
恵比寿界隈での仕事を終えてJR埼京線で北に向かうこと20分弱。十条駅に到着します。駅前のロータリーを右に回りこむようにして右側の路地に入ると、左手に大きく大衆酒場と書かれた紺ののれん。ここが「斎藤酒場」です。
いい居酒屋が居並ぶ北区でも、この「斎藤酒場」は1、2を争う名居酒屋。いや。東京全体で見ても五指に入る店なのではないかと思います。
大きなのれんをくぐり、引き戸を開けて店内へ。午後6時過ぎの店内は、もうたくさんの人です。「いらっしゃいませ。おひとりさん? こちらへどうぞ」と、店のおばちゃんのひとりが店内右手のテーブル席を指し示してくれます。
この店にはカウンター席はなくて、すべてテーブル席。しかもそのテーブルがすべて形が違う天然木のテーブルなのです。
お客さんは、仕事帰りのひとり客といった感じの男性客が多いのですが、それぞれがテーブルの空いているところへひとり、またひとりと案内されて入れ込み状態で入っていくのです。
「小瓶のビールをお願いします」。まずは例によってビールからスタートです。ビールはサッポロ黒ラベルで小瓶は330円。ちなみに大瓶だと440円。壁のメニューに「冷やしビール」と書かれているのがおもしろいですね。昔はキュ~ンと冷えてるということが売りだったのでしょうか。なにしろ、昭和3(1928)年創業。今年でもう創業以来76年になるという老舗ですからねぇ。
そのビールといっしょに出てくるのはお通しの小皿です。このお通しはサービスで年中同じで、殻付き落花生が3つ。そして割り箸が出されます。
1杯目のビールをググゥ~ッと飲み干してひと息つきます。やぁ、今週の仕事も終わりました。ほっとしながらもう1杯。小瓶のビールは、コップに3杯ぐらいの量(350ml)なので、「なにはさておきまずビール」というときにちょうどいいのです。
ものの10分くらいの間に、落花生3つ(中のピーナッツでいうと6粒分くらい?)をつまみに小瓶のビールを飲みきります。
その場で軽く(顔の前くらいの高さに)手を上げて合図を送ると「は~い」とおばちゃんがやってきてくれます。「お酒とマグロブツをください」「お酒は冷たいのにしますか」「えぇ、そうしてください」「は~い」。
この店では、フロアは昔から3人ほどのおばちゃんたちが切り盛りしているそうなのです。もちろん、昔はおばちゃんではなくて、おねえさんだったんでしょうが…。そんな大ベテランのおばちゃんたちなのに、いい意味で可愛らしいのです。
だいたいは3人が店内に目配りしているのですが、お客が多くなってくるとやはり目の届かないところも出てくる。そんなときに店内から「すみませ~ん」と声がかかると、「は~い。お声かけどなた?」と声がかかったあたりにすぐ出向いていきます。
そして、お客さんが「スジコひとつと…、あと冷やっこもらおうかな」と注文すると、「は~い。あら、スジコとヤッコで覚えやすいわ」なんて、ものすごく忙しそうな状況下にもかかわらずニッコリと微笑みながらの切り盛りなのです。有名になってくると、やたら店員さんがえらそうな態度になったりする店もあるのですが、ここ「斎藤酒場」にはそういうところは微塵(みじん)も見られません。
「はい。お酒はこちらでしたね」と、受け皿に置いた分厚い多角形のコップ(←よく、屋台で出てくるヤツです)にトトトッと、受け皿にあふれるまでお酒を注いでくれます。このお酒(清龍)がなんと160円。
そして、東京の居酒屋の華(はな)、マグロブツは小皿に盛られて250円。どうです。お酒とマグロブツで合わせて410円ですよ!
ちなみにマグロブツは250円ですが、マグロ刺しは450円です。そして、このマグロ刺しの450円というのが、この店で最も高いつまみなのです。2番目に高いのは、さっきとなりのお客さんがたのんでたサンマ塩焼きの400円かな。
逆に一番安いのは花らっきょうの150円。2番目はワサビ漬けの180円と続き、その次は冷やっこ、ポテト野菜サラダ、カレー野菜コロッケ、串カツ、イカ塩辛、お新香盛り合せなどなどの200円ものとなり、250円、280円、300円、350円と続きます。
目の前に置かれている伝票にも一番左の縦の列には150円、180円、200円、……と先ほどの値段が印刷されていて、その右側に1、2、3、4、……と数量が書かれています。飲んだり食べたりするたびに、その数量のところにチョンと印が付けられます。最後にこの伝票でお勘定してもらうという仕組みなのです。
さっき入ってきた常連さんと思しき男性客。空いてる席に座ると、おばちゃんのほうから「お酒と煮込みでいいの」なんて、先に声がかかっています。ほぼ毎日やってきてはお酒と煮込みを注文してるんでしょうね。この店に限らず、私がとっても好きな「毎日でも行くことができる大衆酒場」にはこういうお客さんが多いように思います。
横浜・野毛の「武蔵屋」なんて、この究極的なもので、店の側で固定したメニューにしてるくらいです。同じ人に迎えられ、同じ席に座り、同じ肴をつまみに、同じ酒を飲む。たとえ昼間の仕事が波乱に富んでいたとしても、夕方のこの瞬間にフゥ~ッとくつろげるのではないでしょうか。
さてさて。お酒(160円)をおかわりして、この店の名物料理のひとつポテトサラダ(正確にはポテト野菜サラダ、200円)をもらいましょうか。ポテトサラダも、東京の大衆酒場ではマグロブツと並び立つ主力メニューのひとつですね。
「斎藤酒場」というのは、斎藤さんがやってる店だから「斎藤酒場」かと思いきや、実は違うらしいのです。中島らも、小堀純共著の「せんべろ探偵が行く」の中で、このあたりを女将さんに確認していて、それによると、女将さんのお父さんが働いていた酒屋が斎藤酒店で、そこからの暖簾分け(のれんわけ)で今の場所に酒屋を出したのがはじまりなので、店の名前も「斎藤」を引き継いでいるのだそうです。
その後、「女手でもできるように」と、女将さんのお父さんが接客中心の大衆酒場にしてくれたのが今に続いているのだとか。ちなみに女将さんは吉田さんなのだそうです。
そうそう。その「せんべろ探偵が行く」の中で、故・中島らも氏が次のような文章でこの店のことを書かれていて、それがこの店のことを実によく表していると思いますので、引用させていただきますね。
【引用開始】
今回、「斎藤酒場」で飲んでいて、蕎麦屋で飲んでいるときのあの感じを思い出した。店内はとても静かで一人一人の客が自分のためだけの酒を飲んでいる。1杯160円なので、千円でベロベロになろうと思えば不可能ではないが、そんなことをする客はいない。3杯くらい飲んでほんのりと潤ったらサッと帰る。
おれが自分の町内に求めていたのはこれだ、と思った。いつも通りの簡素な肴があって、ほど良く冷やした酒があって、そして必ず自分のための席がある。ぼんやり何も考えないで小一時間を過ごす。今の日本に失われてしまったのはこういう空間なのだ。
十条に引っ越そうかという考えが本気で脳裡を過(よぎ)った。「斎藤酒場」がおれの町内に引っ越してきてくれたら一番いいのだが……。
【引用終了】
ちょうど1時間の滞在で、今日は1,100円でした。どうもごちそうさま。
そういえば、太田和彦さんの番組「新全国居酒屋紀行」でも、ここ「斎藤酒場」が紹介されました。このたび、その番組のDVDができたのだそうで、「太田和彦のニッポン居酒屋紀行(1)東日本篇」の中で「みますや」、「さいき」、「銀次」など14軒のうちの1軒として、ここ「斎藤酒場」も入っているそうです。
こういうのがあると、自分の行けない地域の居酒屋の様子も知ることができていいですね。なお同じシリーズで「(2)中日本篇」「(3)西日本篇」も出ているそうです。
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