バストの通り道!? … 居酒屋「北国(きたぐに)」(中野)
「八千代」を出て、住宅街の中の路地を中野駅に向かいます。その途中に小さい飲み屋が集まった横丁があり、その一番中野駅よりの角にあるのが酒房「北国」です。あれ? 入口が開いてて店内が見える。ど~れ。ありゃ、まだ座れるぞ。と思った瞬間、足は知らず知らずのうちに店内へ。
「あら。いらっしゃい。お久しぶりねぇ」とカウンターの中のママさん(常連さんたちは「スミちゃん」と呼ぶ)から声がかかります。
店内は右手前のテーブル席(定員4~5人)に4人くらい、左のカウンター(定員7~8人)にも4人くらい、そして右手奥の小上がり席(定員4~5人)にはだれもいないといった状態です。カウンターの手前のほうの席の人たちはほとんど後ろ向きに座ってテーブル席の人たちと談笑しているので、そのあたりは通り越して、一番奥に座っている年配のお客さんの手前に座ります。
「なににする? ビール?」といつものようにママさんからの問いかけがあり、これまたいつものように「ウイスキーください」と返事。「はいよ」とサントリー・ホワイトの水割りを作ってくれます。最後にレモンスライスをひと切れ浮かべてできあがり。
今日のお通しは熱々で汁たっぷりのロールキャベツ。「寒くなったわねぇ」とユミさん(手伝っている女性で、ママの姪御さん)がそのお通しの小鉢を置いてくれます。本当に。このロールキャベツの熱々がとっても心地よく感じます。
現在時刻は午後6時半。この店は6時開店なので、みなさんほぼ開店と同時にいらっしゃったんですね。私の左隣に座っているのは木曜日の常連さんであるサッちゃんです。そのサッちゃんが「おにいさん、今日は“十六夜(いざよい)会”だからね」と教えてくれます。
見れば、目の前にも“十六夜会”という札がかかっている。ママさんによると、毎月16日に“十六夜会”と称して、三味線を習っているお客さん(実は私の右隣に座っている男性)の演奏に合わせてみんなで歌ったりする会らしいのです。とはいえ、店は普段のままの営業。たまたま居合わせると、その日は三味の音が楽しめるのです。今月は16日が非営業日(土曜日)だったので、今日に延期になったのだそうです。
“十六夜(いざよい)”というのがまたいい響きですね。まん丸の満月よりも、それがちょっと欠けはじめたときに風情を感じるという日本人ならではの風流でしょう。
「もうちょっと飲んだら演(や)るからね」と右どなりの男性。このお客さんはこの店が開店したとき(昭和30(1955)年頃)からの常連さんで、すでに50年近く通っているのだとか。「もう私が一番古くなっちゃいましたよ」と言いながら、「ほらここ」と目の前の柱の一部を指差します。「柱のここだけがすれてるでしょう。ここがスミちゃんのバストの通り道なんですよ。50年毎日通るうちにこうなったんですね」。カウンターの端っこにあるこの柱。厨房に抜けるにはこの柱の横を通り抜けないといけないんだけど、カウンターの中には冷蔵庫(なんと木製の冷蔵庫です!)なんかもあって通路の幅が狭いのです。やや太め(失礼!)のママさんがこのすき間を通過しようとすると、どうしても胸のあたりがこの柱に当たってしまうんですね。ママさんも「いつもこの話をするんだから」と面白そうに笑っています。
ウイスキーをおかわりして、おつまみは「とり豆腐」(550円)をいただきましょうか。280円~380円くらいのおつまみが多い中、この「とり豆腐」はこの店の最高級品です。この店の人気メニューであるおでんは11月10日(水)からスタート。それまでの間、あったかいものが食べたいお客さんに人気なのが、この「とり豆腐」なんだそうです。奥の厨房で仕上げられたひとり用の土鍋。ユミさんが「危ないからちょっとよけてね」といいながら運んできてくれるくらい熱々の状態で出てきます。ん~。これはうまいっ。
「それじゃ、そろそろはじめますか」と三味線の演奏が始まります。サッちゃんのリクエストに合わせて、次々といろんな曲が披露されます。三味線の音色にサッちゃんの唄声。三味の音はお腹に染みわたるように響きます。
向こうの常連さんから「塩らっきょう」(280円)の注文が入りました。「私も塩らっきょうお願いします」と便乗注文して、ウイスキーもおかわりをもらいます。ウイスキーはおかわりのたびにレモンスライスを1枚ずつ入れてくれるので、これでもう3枚。このレモンスライスの数で自分が何杯飲んだかわかるんですね。
三味線の演奏も一段落して、あとはみんなの歓談タイム。というか、この店は開店している間中、ズゥ~ッと歓談タイムなのです。いわば常連さんたちのサロンのような雰囲気のお店で、それでいて一見さんを排除するような感じはあまりない。似たような雰囲気をもつお店もけっこうあって、たとえば中野の「路傍」、恵比寿の「さいき」、吉祥寺の「豊後」なんかがそうです。こうやって見ると、いずれも文壇酒場とか、作家が集まるお店なんて言われているところばっかりですね。
彼らも普段はひとりで机に向かっていることが多い業種だろうから、夜になると人とのコミュニケーションを求めてこういう場所にやって来るのかなぁ。そういう意味では個人でやってる職人さんと似たところがあるのかもしれないですね。我々サラリーマンの場合には、昼間の仕事がコミュニケーションそのものだったりするので、夜の酒場では逆にボォーッと静かに座っていたい、なんてときも多いんですけどね。
最後にもう1杯ウイスキーをもらおうかな。つまみは「チーズ巻き」(380円)をお願いします。先ほど「塩らっきょう」を注文した常連さんが、「こっちも同じくチーズ巻き」と今度は向こうが便乗注文。互いに顔を見合わせてニッと微笑みます。「塩らっきょう」も「チーズ巻き」も、この店の定番人気メニューですからね、なにしろ。
横丁を通りながらフッとのぞき込んだのが運のつき(!?)。結局2時間半も楽しんでしまいました。お勘定は2,480円。どうもごちそうさま!
| 固定リンク | 0
コメント