じっくりと「とよ田」のから揚げと対峙してみようと思いたって自由が丘です。仕事終わりがちょっと遅かったので、店に着いたのは午後8時半。ひとりならすぐに入れるかと思いきや、「とよ田」はそう甘くはなかったですねぇ。「しばらく外でお待ちください」。いつものような携帯電話連絡待ちではないものの、店の外で待つこと約10分。やっと店内に入れました。なにしろ携帯電話待ちのお客さんが多いですからねぇ。店の外に行列がないからといってすぐに入れるとは限らないのです。
店内はL字のカウンターに10人(長辺7人、短辺3人)、小上がりに6人掛け(長辺にそれぞれ二人ずつ、短辺にひとりずつで都合6人)の座卓がひとつ。「こちらに入ってください」と案内されたのは、その小上がりの座卓です。先客はカップルひと組に男性ひとり客ひとり。この3人がちょうど座卓の入り口側半分に座っています。私が奥側半分の一角に腰をおろすと、携帯電話で空席ができたことを告げられたカップルひと組もやってきて、これで座卓も満席。カウンター10席ももちろん満席なので、店全体として16人のフルキャパシティです。
「飲み物は?」と聞いてくれるおねえさんに、いつものように「瓶ビールをお願いします」と注文すると、すぐにアサヒスーパードライ中瓶とグラスが出されます。ほぼ同時に入ったカップルも瓶ビールを注文したところ「アサヒスーパードライと、サントリーモルツのどちらにしましょうか?」とおねえさん。そうかぁ。一番最初にここに来たとき、同じようにたずねられて、そのときに「じゃ、アサヒをお願いします」と答えて以来、ずっとスーパードライを出し続けてもらっているので気がつきませんでしたが、この店のビールは2銘柄あったんですね。そのことを忘れている私も私ですが、2銘柄あることも気づかせず、1度言った銘柄をずっと覚えてくれてるお店の側もすばらしいなぁ。
おねえさんはさらに「どうしましょう?」とたずねてくれます。これは料理をどうするかってことですね。「コースでお願いします。あと古漬けもね」と注文すると、「ごめんなさい。今日は浅漬けしかないんですよ」とおねえさん。「じゃ、浅漬けで」。同席のカップルも同じようにコースを2人前とお新香を注文。ひとり1コースずつというのがこの店の基本的な注文の仕方のようです。
ビールを飲みながらしばらくすごしたとこへお通しの玉ねぎのポン酢醤油漬けが出されます。いつもいっぱいの店内は若主人(この人が2代目らしい)とそのおかあさん(先代の奥さん)、若主人の妹さんという家族経営の3人で切り盛り中。若主人はカウンター内の揚げ台のところにいて鶏の下ごしらえと揚げに専念してますので、それ以外、たとえば料理や飲み物を運んだり、お通しや最後のスープを作って出したり、お客が帰った後の後片付けや順番待ちの人への連絡などは母娘のふたりでこなします。
すでに何度か書いていますので、今さらながらの話ではありますが、ここのから揚げは砂肝以外は注文を受けてから1羽の鶏(頭、足や内臓などを取り除くところまでの処理は終わっているもの)をさばいて下ごしらえするところからはじまります。1羽を左右半分に割って、さらにそれを上半身、下半身に分ける。この上半身側が手羽肉から揚げに、下半身側がもも肉から揚げに仕上がっていくのです。特に手羽肉から揚げのほうは、手羽肉と言いつつも胸肉などの部分も含みますので身が大きい。全体に満遍なく火がとおり、かつ食べるときにばらしやすいように肉に数箇所の包丁が入れられているほか、関節のあたりも取りやすく処理されているようです。
それでも大きな肉ですから全体に火を通すのは時間を要する作業。若主人は鶏肉を揚げている中華鍋の中に大きな箸を入れて、揚げている途中の肉を回したり、わきの下(なのか?)の部分を広げて火の通りをよくしたりと、じっとしてる時間なんてまるでありません。ときどき横に置いたジョッキの生ビールを、水代わりのように口に含む程度。どんなに大量に注文が入っていても、あわてず騒がずじっくりと「とよ田」のから揚げに仕上げていくのです。
手元にはお新香(キュウリの浅漬)が届きます。浅漬とはいえしっかりと糠の味がするりっぱなもの。醤油はかけず、七味唐辛子だけをちょちょいと振っていただきます。
しかし、この席(小上がりのテーブル席の奥側)から見ると、若主人が揚げてる様子がよく見えますねぇ。揚げ用の中華鍋は二つ並んでいますが、実際に揚げるときはそのうちのひとつを使っているようです。揚げ油も惜しげもなくどんどん替えながら揚げるからカラリと仕上がるんですね。
そうやって観察しているうちに手羽肉が三つ揚げあがり待ちわびているお客さんのもとへと届けられます。若主人は下ごしらえを終えてたっぷりとストックしてある生の砂肝をジャーレン(炸鏈)に入れて、そのジャーレンのままジュワァーッと揚げ鍋へ。もしかすると自分の分もこの中に含まれてるのかな。久しぶりの「とよ田」のから揚げに、ますます期待が高まる瞬間です。
予想どおり揚げあがった砂肝のから揚げのうち、1人前は私の席へやってきました。これこれ。このきれいな褐色に仕上がって、表面にさっき振りかけたばかりの塩の粒がキラキラと見えるのが「とよ田」の砂肝ですよねぇ。ほかにも砂肝の唐揚げを出すお店は多いけど、ここの砂肝のから揚げほどうまいのにはお目にかかったことがない。なにしろ揚げ物のくせにちっとも油っぽくないですからねぇ。熱々の間にあわてて数切れをいただいて、ビールをググーッと飲み干します。
ビールのおかわりをもらって、砂肝にはもうちょっと塩を振ってみたり、七味唐辛子をつけたり、そしてまた最近はまっている食べ方で、お通しで出された玉ねぎポン酢醤油にちょいと浸したりと、いろんな味わいを楽しみます。
続いて出てきたのはもも肉から揚げ。先ほども書いたとおり、もも肉から揚げというのは、もも肉の部分も含む鶏の下半身の部分を揚げたもの。したがってもも肉と腰まわり(鶏の腰って??)の肉が含まれていて、揚げ終わってからもも肉の付け根の骨のところでざっくりと二つにカットして出してくれます。
ここのから揚げは、肉に衣や下味などをつけることなく、油で素揚げして、できあがりにパラパラっと塩を振って味をつけるスタイル。いわゆる唐揚粉のようなものをいっさい使っていないのです。したがって言ってみればいっさいごまかしようがなくて、鶏肉と油と塩の織りなす味わいだけで勝負ということになります。
鶏肉の内部までじっくりと火が通った、ステーキで言えばウェルダン状態。表面はカリカリと香ばしく、内部の骨も大きな骨以外はすべてバリバリと食べてしまえるほどなのです。その分、肉の部分は肉汁たっぷりのジューシーというところは通り越して、しっかりよく焼き状態になってますが、これはこれで私は好みです。添えられたくし形切りのレモンをちょっと絞りかけて、七味唐辛子も振っていただくのがいいんですよねぇ。
もも肉から揚げを完食し、3本目となるビールをおかわりしたところで手羽肉から揚げの登場です。前のカップルのところにもほぼ同じタイミングで手羽肉が届けられ、「どうやって食べるんですか?」と質問するカップルに、店のおねえさん(若主人の妹さん)が「ここからこうやって割って」と胸肉とあばら骨の間に入れられた下ごしらえで入れられた切り目にそってざっくりと肉と骨とを分断しながら「骨の部分から食べてみてくださいね」と教えてくれます。そう。このあばら骨のところがバリバリと全部食べられちゃうんですよねぇ。私も同じように割って、骨の部分からいただきます。
この店は常連さんのひとり客も多くて、のんびりゆったりと鶏のから揚げと対峙している。ただ、いつも満席のお客さんに若主人ひとりで揚げ物を作らないといけないので、待ち時間がけっこうあることは覚悟しておく必要があります。ふたり以上ならいろいろと話したりしながら待てるのですが、ひとりだとチビチビと飲み物を飲んだりしながら静かに待ってないとダメですからね。ひとり客主体の大衆酒場であれば店内にテレビやラジオなどがあって、ひとり客でも間が持てる工夫がされているのですが、ここは鶏料理屋さんなのでテレビもラジオもありません。大衆酒場でひとり飲みに慣れてる人でも、ここでひとりで飲むと(から揚げが出てくるまでを待つ間は)ちょっと手持ちぶさたになるかもしれません。でも、さっきも書きましたとおり基本的にひとり客は多いお店ですから、ひとりで入っても浮くことは決してありません。
手羽肉から揚げも食べ終わり、最後は〆の鶏スープです。鶏の下ごしらえをしたときに切り落とした部分(例えば首のところなど)を全部使って、おかみさん(若主人のお母さん)に「捨てるところはひとつもないのよ」と言わしめる鶏スープは、鶏の旨味が凝縮された黄金のスープです。これも味付けは塩だけ。それで十分なのです。
前のカップルが「お茶をいただけますか」とたのんだところ、「すみません。お茶は用意していないんです。先ほどお出しした鶏スープがお茶代わりなんですよ」とおねえさん。なるほど。やっぱりこの鶏スープは、この店の鶏料理を堪能した人だけに提供されるサービス(価格0円)の品だったんですね。
1時間半の滞在。ひと通りのコースにお新香をもらって、ビールが3本。しめて4,200円でした。うーむ。まだまだ個人的な予想価格は当たってるなぁ。(笑)
どうもごちそうさま。揚げ台の若主人の笑顔にも見送られながら店を後にしたのでした。
・店情報 (前回)
《平成18(2006)年7月6日(木)の記録》
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