鯛腸塩辛で一献 … 酒亭「善知鳥(うとう)」(阿佐ヶ谷)
阿佐ヶ谷駅の近くには日本酒を売りにした酒場が数多い。ざっと考えただけでも「与っ太」「可わら」「燗酒屋」「志ノ蔵」などの名前が思いつきます。
阿佐ヶ谷駅北口、スターロード商店街の路地にある「善知鳥(うとう)」も、そんな日本酒を売りにした酒亭の1軒。「こんばんは。ひとりです」と店に入るなり、店主から「うちには日本酒しか置いていませんがいいですか」と確認されるほど、筋金入りの銘酒酒場なのです。
手渡された日本酒リストにずらりと並ぶのは「豊盃・純米大吟醸おまちどう」「龍・生原酒」「豊盃・ん」「大那・純米吟醸・那須五百万石」「天青」「美酒の設計」「鯉川・純米吟醸うすにごり」「喜久酔・特別本醸造」「天穏」などなど。これらの中から「龍・生原酒」(800円)を燗でいただくことにしました。「龍」は、この注文で封切り。一升瓶から徳利に入れられ、湯煎でゆっくりと燗がつけられます。
燗づけを待つ間に出されたお通し(500円)は小鉢に盛られたおでん。玉子、大根に豚バラ肉です。
店内はL字型7~8人分のカウンター席と小上がりだけの小さな店ながら、金曜日・午後10時なのに先客はなし。これは、いつもお客さんでいっぱいのこの店にしては、とても珍しいことなのです。「今日はどうしたんですか?」とたずねてみると、10人ほどの予約が入っていたのがキャンセルになったのだそうです。「今日はもう、店を閉めようかと思ってましたよ」と、この店をひとりで切り盛りしている店主の今(こん)さん。そうだったんですね。お店にとっては大変だけど、私にとってはラッキーだったかも。なにしろ2ヶ月ほど先まで予約でいっぱいという店なので、ふだんはフラリと入ったりもしにくいのです。
徳利をなんども両手で包み込むようにしながら燗の温度を確認し「どうぞ」とていねいに出してくれます。これを手酌で猪口についで、ツゥ~ッとまずひと口。ん~っ。いい温度ですねぇ。口の中いっぱいに、そして鼻腔の奥から味や香りがふくらんできます。
猪口2杯分くらいはじっくりとお酒だけを味わいながら、カウンター正面の壁に張り出されたメニューを眺めます。ここのメニューがまた渋いんですねぇ。生カラスミ、ズワイ内子、海老味噌、苦うるか、鯛腸塩辛、莫久来、くちこ、海鼠腸、鮑酒盗、沖漬け、黒作り、ちゅう、めふん、しお納豆、あけがらし、大山豆腐、川のり、さえずり、ポテトサラダ、いちご煮などなど、呑兵衛好みする品々のオンパレードです。
そんな中から鯛腸塩辛をいただくことにしました。
鯛腸塩辛は、猪口と同じくらいの大きさの、ふた付きの小さな器で出されます。今が旬の鯛(たい)。その鯛の腸の塩辛なんて、はじめていただきます。ひと切れつまんでチュルンと口に入れると、その弾力感がすばらしい。これはいいつまみになりますねぇ。
そこへ入ってきたのは、いかにも常連さんらしき若い女性ひとり客。「今日は仕事の飲み会だった」という彼女は、やっとひとりでじっくりと自分の好きなお酒を飲める場に来れたことがすごくうれしそうに、おいしそうに日本酒を飲みはじめます。
10時半を回って、予約のお客さんたちが帰られた後が、常連さんたちのお楽しみタイムなのだそうで、みなさんそれくらいの時間を見計らって三々五々やってくるのだそうです。
「海外では日本食ブームもあいまって、日本酒の消費量も増えているらしいのですが、国内での日本酒消費量は減っていくばかり。せっかくいい日本酒がたくさん造られてるのに残念です」と熱く語る店主の今さん。まさに全身全霊で日本酒を愛してる様子が伝わってきます。
女性常連さんは岡山出身。「私は愛媛出身なんですよ。」「え。この店の大常連さんにも愛媛出身の方がいらっしゃいますよ。」なんて話になり、よく聞いてみると、先日お会いした大将(←この地域に住んでいる酒仙の呼び名)のことのようです。「もしかして…」とお名前を出してみると、やはりそうでした。彼女や店主から「なんで知ってるんですか?」なんて聞かれているところへ、ガラリと入口が開いて入ってきたのは当の大将、その人です。まさに「噂をすれば影が差す」ということわざどおりですねぇ!
2本目も、同じく「龍・生原酒」(800円)の燗をおかわりすると、今度は燗をつけた後で、その徳利から片口にツツゥ~ッと燗酒を移して出してくれます。まるでワインのデキャンタージュのようですねぇ。「口開けでちょっと硬い感じでしたので」と店主。なるほど、こうすることで硬さがとれるんですね。明らかに変わる味わいにびっくりです!
夜が更けるにつれて、日本酒談義にも熱が入ります。大将の「それじゃ、そろそろ」というひと言で気がつけばもう1時半。うわぁ。遅くまで失礼いたしました。今日のお勘定は3千円。みんなで店を出ると、店主が店の外まで見送りに出てきてくれました。
日本酒をじっくりと味わうことができる名店です。
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