そ、それは私なんです … おでん「米久(よねきゅう)」(阿佐ヶ谷)
「うちの店が本に載ったのよ」
この店をひとりで切り盛りしている、おかあちゃん(=女将)が、そう言いながら渡してくれたのは、なんと「酒場百選」ではありませんか。
「うっ。この本、私が書いたんですけど……。黙って載せてすみません」
「やっぱりそうだったの。写真の顔と似てるなぁと思ったんだけど、人違いだったらいけないから、この本を渡してみたのよ。そう、あなただったの! ねぇみんな。この人だって、この本を書いたのは!」
そう言って、入口近くにずらりと居並ぶ大常連さんたちに紹介してくれます。
「いつも静かに飲んでるから、作家さんとは思わなかったわよ」
「いや、あの、作家さんではなくて、普通のサラリーマンなんですけど…。たまたま、こういうことになりまして……」
なんて、もう、しどろもどろ。毎日のように訪れる常連さんたちに「勝手に紹介しやがって!」と叱られるんじゃないかとビクビクしていると、
「そうか。あんただったか。いやぁ、店の雰囲気がよく書けてるよなぁ」
「誰だろうって、みんなで話してたんですよぉ」
「載ってるって話は聞いてたんだけど、本屋に置いてなくてねぇ。最近になってやっとYさんが古本屋さんで見つけてきてくれたんだよ」
と、みなさんも受け入れてくれて、ひと安心です。
テレビや雑誌などの取材の場合は、まず取材依頼をして、取材日時などを決めた上で、テレビクルーや、ライターさん、カメラマンさんなどがやってきて一気に取材をしていくようなのですが、ブログの場合は、ごくごく普通のお客として飲んでる人が書いてることが多いので、だれが書いてるんだかわからないんでしょうねぇ。
たまーに、料理などの写真を撮ってる人を見かけると「ブログかな?」と思ったりします。ということは、逆に私が撮ってるときにも、そう思われてるのかなぁ。
ここは阿佐ヶ谷駅北口にある古いおでん屋「米久」。
「おかえりなさ~い!」と迎えてくれる店内は、うなぎの寝床のように細長く、客席も店の奥までをズドーンと貫く、長~いカウンター席のみ。そのカウンターの中央、やや手前に四角いおでん鍋が組み込まれていて、それより入口側はカウンターの幅(奥行き)が広くなっていて、まるでテーブル席のような感じで使える変わった構造なのです。
そのテーブル席のようになった部分に、毎日のようにやってくる大常連さんたちが陣取ります。なにしろそこが入口引き戸を開けた目の前なので、この店にやってくるお客さんたちは一様に、大常連さんたちの横を通過しながら店の奥へと進まないといけない仕組みになっているのでした。
おかあちゃんのみならず、大常連さんたちも「おかえりなさ~い!」と迎えてくれることが多いのが嬉しいですね。
3銘柄(アサヒ、キリン、サッポロ)選べる瓶ビールをサッポロ(ラガー大瓶)でお願いし、おでん(1個90円~310円)は、おそ松くんと里芋をもらいます。
おそ松くんというのは、1本の串にハンペン、ボール(球状の薩摩揚げ)、鳴門巻き(棒状のまま)が刺された、「おそ松くん」の漫画ではチビ太がいつも手にしているおでんなのです。三角、丸、四角と、形はそれぞれ異なるものの、すべて練り製品ですからねぇ。練り物好きにはたまらない一品です。ちなみに製法も、茹で(ハンペン)、揚げ(ボール)、蒸し(鳴門巻き)と異なります。(なお、漫画のチビ太のおでんは、コンニャク、ガンモドキ、鳴門巻きという設定です。)
この店では、最初は必ずおでんをいただくというのが決まり事。おでんをもらっておいてから、ボードに書き出された今日のオススメ品を注文するのです。今日は鯨ベーコン(1,100円)、馬刺(900円)、まぐろ赤身刺(800円)、みる貝刺(700円)、カツオたたき(600円)、イカ刺(600円)、シメサバ(600円)、ハムステーキ(600円)、サンマ刺身(600円)、サンマ塩焼(600円)といった品々に加えて、ある程度定番の塩辛、塩らっきょう、サラダ、ししゃも、わかさぎ(それぞれ400円ほど)などなどが並んでいます。
なにしろ、おかあちゃんがひとりで切り盛りしているので、まずはおでんを食べておいてもらって、その間に料理を作りましょう、ということなんでしょうね。
ちなみにこのお店、「米久」になる前は、「おかあちゃん」というお店だったんだそうで、店内にはそのころの看板も残っています。
「だから昔から、おかあちゃん、って呼ばれてたのよ。今も、ママとか、女将さんとか呼ばれると、自分のことだと思えなくて」
と笑いながら話してくれるおかあちゃんのエプロンの胸元にも「おかあちゃん」という刺繍が入っています。
そのおかあちゃん、若いころは卓球の選手として活躍し、都の大会で個人優勝して全国大会へと進んだんだそうです。
「全国でも軽く3位以内には入るだろうと思ってたら7位でねぇ。ちょっとショックで、それ以来、止めちゃったのよ」
「でも、温泉旅館なんかでピンポンをすると、やっぱりすごいのよねー」
と話してくれるのは、大常連さんのひとりで、『阿佐ヶ谷の歌姫』とも呼ばれている、ジャズシンガーの塚越洋子(つかこし・ようこ)さん。そのとなりで飲んでいるのは、ご主人で、この店では『先生』と呼ばれている塚越仁慈(つかこし・ひとじ)画伯という、芸術家ご夫妻なのです。
ビールに続いては、焼酎を温かいプーアール茶で割った、プーアール茶割りをいただいて、おでんはガンモドキ、玉子、そしてチクワブをお願いすると、最初に入れたガンモドキだけで、もう器がいっぱいになってしまいます。
「大きくて、ごめんなさいね」
これが、おかあちゃんの口癖のようになってしまってるくらい、ここのおでんのネタは大きいのです。さすがに玉子こそ普通の大きさですが、チクワブもまたどかんと長い1本なのです!
たっぷりと満腹になるまで、おでんをいただいて、2時間半の滞在は1,860円。おかあちゃんや、常連さんたちの笑顔に見送られながら、店を後にしたのでした。
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コメント
この界隈でおでんといえば「米久」ですよね。
味もさることながら、おかあちゃんの人柄によるところが大きいと思っております。
次回はぜひとも、おでんの他に「いもサラダ」を召し上がってみてください。おでんのじゃがいもを使ってのポテトサラダで、ほっくりした味がなんともよろしいですよ
投稿: kasumix | 2008.03.08 13:50
本日、初めて米久さんに食べに行きました。
おでんは美味しいです。
ですがママがず~っとタバコ吸っているのがどうかと
思います。おでんは繊細な料理ですし、私は喫煙しないので煙が気になりました。あと、おでん5品にビール1本で¥1800取られましたが絶対勘定間違えてます。
お勘定をお願いしたところ、一切勘定付け忘れていて急いでつけていたようです。常連には目の前でサービスでメロン配っていて新参の私にはくれないし。
投稿: バーバラ | 2008.03.08 23:11
はじめまして。
(私のほうは、ちょくちょく拝見していたのですが)
居酒屋礼賛をおつまみに、お酒が飲めるんじゃないかと思うくらい魅力的な記事ばかりで楽しく読ませていただいています。
阿佐ヶ谷北二丁目に6年住んだあとに、東原近辺に5年住んでいるので、ものすごく参考にさせていただいています!!
この米久も北二丁目時代に良く行きました。
大根の皮の漬け物を教えていただいたり財布を忘れて帰ってしまったり、いろいろとお世話になったのを思い出します。また行きたくなりました〜
投稿: asahama | 2008.03.09 08:37
>kasumixさま
「まいにち酒飲み」に「米久」の記事が載るたびに、「そう言えば、しばらく行ってないなぁ。行かなきゃなぁ」と思いながら、やっと行けたような次第です。今回は、その記事の中によく登場するチクワブをいただきましたよー!
次回は「いもサラダ」ですね。了解しました。ありがとうございます!(^^)
>バーバラさま
あらら。はじめていらっしゃったのに、残念な訪問となったようですね。
「米久」と、中央線の線路をはさんでちょうど線対称となる場所に、「花泉」というおでん屋さんがあります。「米久」が大衆酒場風のおでん屋さんだとすると、「花泉」は小料理屋さん風のおでん屋さん。どちらも女将さんひとりで切り盛りされているお店ですが、風情はかなり違っているのがおもしろいところです。その「花泉」のほうにお出かけになってみるのもいいかもしれません。
>asahamaさま
常連さんたちは、ご自宅の居間で飲んでるような感じでくつろがれてますよねぇ。おかあちゃんの手が回りきらないところを、常連さんたちでカバーしあったりしてる様子をながめながら、楽しく飲ませていただきました。おかあちゃんのみならず、常連さんたちも一緒になって、みんなで店を作っているような感じなんでしょうね。他にあまりないタイプのお店だと思います。
投稿: hamada | 2008.03.09 14:31