東京のおでんの立役者 … おでん「呑喜(のんき)」(東大前)
せっかく東大の近くに来てるのでもう1軒、と足を伸ばしたのは、地下鉄南北線・東大前駅のすぐ近くにある、明治20(1887)年創業の老舗おでん屋、「呑喜」です。
午後6時半過ぎの店内は先客はなし。入口すぐのテーブル席を通り過ぎ、奥のL字カウンター席の、大きなおでん鍋の前に陣取ります。
この店にはメニューはなく、おでん鍋の中に入っているネタや、横のガラスケース内に並んでいいるネタなどを見て注文する仕組みです。
おでん以外の品は、〔お新香〕と名物の〔茶めし〕のみと潔い。飲み物も、ビールか日本酒のみです。
さっそく燗酒をお願いすると、黒っぽい徳利で出される燗酒の銘柄は〔キンシ正宗〕とのこと。東京の老舗おでん屋で〔キンシ正宗〕というのも珍しいなあと思って、店主に聞いてみると、
「戦中戦後に、怪しげなものも含めて、いろんな日本酒が出回りましてね。お客さんでいらしていた東大の先生と一緒に、安定的に仕入れられる美味しいお酒はないものかと探して、行きついたのが伏見(京都府)の〔キンシ正宗〕でした」と教えてくれました。
おでんのほうは、まずは〔信田(しのだ)巻き〕と〔白竹輪(しろちくわ)〕をもらいます。〔信田巻き〕は、刻んだ野菜が入った練り物を、油揚げで包んで蒲鉾風に仕上げ、それをスライスしたもの。〔白竹輪〕は、見た目は〔ちくわぶ〕ですが、実は〔白竹輪〕のほうが元祖。これをまねて〔ちくわぶ〕が作られたんだそうです。
「どちらも、昔は東京の標準的なネタだったらしいのですが、今はどっちも特注で作ってもらってるんですよ」と店主。ちなみに、この店では逆に〔ちくわぶ〕は扱っていないんだそうです。
「前に来たときは、四代目となるご兄弟お二人で交代しながらお店をやっているというお話でしたけど、今もそうなんですか?」と聞いてみたところ、
「実は弟が6年前に亡くなりまして、今は私たち夫婦二人でやっています」という返事。
なんとまあ。私が前に来たのも6年前なので、その後すぐに、弟さんが亡くなられたんですね。これは失礼いたしました。
おでんが160個くらい入るという大鍋の横に置かれたガラスケースの中には、火を通しすぎると硬くなってしまう季節物のネタなどが入っていて、注文を受けてから、おでん鍋で温めてくれます。今日は下茹での済んだ〔いか〕や〔いいだこ〕、〔とこぶし〕、〔ふき〕などが並んでいます。その中から〔いいだこ〕を注文します。
そこへ入ってきたのは、いかにも学生さんらしい、体格のいい若者。ほとんど何もしゃべらずに店内に入ってきますが、店主やおかみさんのニコニコとした対応から、お馴染みさんらしい様子が伺えます。
カウンターの一番奥に座った若者に、おかみさんがスッと〔茶めし〕と〔お新香〕を出し、その若者も毎度のことのように何品かのおでんをもらって、見ていて気持ちがいいほどすごい勢いで、おでんと〔茶めし〕を食べ進め、すぐに〔茶めし〕もおかわりです。我われ呑ん兵衛のみならず、こうやって食事をするだけのお客さんもいらっしゃるんですね、この店は。ランチタイムにも営業しているようです。
さらに目の前の店主にいろいろと話を伺いながら飲んでいると、
「東京のおでん出汁(だし)は意外とあっさりしてまして、この出汁にコクを加えるのが〔がんもどき〕なんですよ。〔がんもどき〕は東京のおでんの立役者ってところですね」
と店主。なるほど、〔がんもどき〕にはそんな役割もあったんですね。さっそく燗酒をおかわりし、その〔がんもどき〕と、これまた東京の標準的なおでん種である〔はんぺん〕をもらいます。
お腹に余裕があれば、私も〔茶めし〕で締めたいところですが、すでにけっこう満腹なので、〔お新香〕だけもらうと、白菜と大根の漬物が、小皿で出されます。
この〔お新香〕で燗酒を飲みきって、1時間ちょっとの滞在は2,030円。値段は書かれていないものの、決して高くはないお店です。どうもごちそうさま。
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