常連さんの流儀に倣う … おでん「あわもり」(呉市・広)
部屋の片付けや買い物を終えて、市営バスで隣町の広(ひろ)へと向かいます。広は、前に呉にいたときに住んでいた町なのです。
広交差点(ひろこうさてん)というバス停で降りて、向かう先は、若いころによく通った、おでんの「あわもり」です。本当は開店時刻の午後4時に来たかったんだけど、ちょっと出遅れて午後5時半。大丈夫かな?
「こんちわぁ~」
と引き戸を開けて店内へ。長~いL字カウンターだけの店内には、先客はたったの3人。ちょっと拍子抜けです。
「あら、いらっしゃい」
笑顔で迎えてくれるのはおかみさん一人です。さっそく大瓶のビール(キリンラガー、500円)をお願いすると、そのビールを出してくれながら、
「うちの人は、今日は同窓会に出かけていていないのよ。土曜日はお客さんが少ないから、私だけで開けたんよ」
「そうなんですか。実は私、今月1日に呉転勤になったんですよ。またよろしくお願いします」
「そうなの? 今日は無理して店を開けてよかったわ」
いやあ、そう言っていただけると、本当にうれしいですね。グイッと1杯目のビールを飲み干して、まずはいつものようにカワとキモをもらいます。
ここ「あわもり」で出される料理は、昭和28(1953)年の創業以来、1品90円のおでんのみ。それ以外にはお新香さえないという潔さです。飲み物もビールの大瓶(500円)と小瓶(350円)に日本酒(200円)、そして店名にもなっている泡盛(160円)があるだけと、こちらもビシッと筋(すじ)が通っています。「本物の呑ん兵衛以外は来るな!」と、暗に言われているような感じのラインナップですね。
おでんはL字カウンターの、L字に折れた部分の内側にあり、黒々とした煮汁の中にずらりとおでん種が並んでいます。先ほど注文したカワとキモは、この店ならではのおでん種。カワは豚の皮を、キモはフワ(肺)を、それぞれ一口大に切って、何切れかを串に刺し、そのまま煮込んだものです。カワは、ねっとりと感じるほどのコラーゲンの弾力感がたまらぬ一品で、フワは煮汁をよく吸い込んで、とてもいい味わい。この2品を食べると、「あわもり」に来たなあ、という感が強くなります。
2巡目は玉子とイワシ団子。イワシ団子は、イワシのすり身を団子状に丸めたものが1串に3個刺さっています。カウンター上には、そこここにゆるく溶いたカラシが置かれていて、添えられたスプーンでおでんの上にチョビチョビと落として食べるのが、この店の流儀。カワやキモと同じ鍋で煮込まれているのに、このイワシ団子のうまいこと。
ビールがあと2杯分くらい残っている状態(大瓶1本はグラス5~6杯分)で、泡盛(160円)をもらいます。小さなショットグラスに注がれる泡盛は、度数が35度。最後にちょっと梅酒をたらして甘みを加え、飲みやすくしてくれますが、それでも強いことには変わりはありません。残しておいたビールはチェイサー代わりなのです。
この頃までには店内のお客さんも6人くらいに増えていて、新しく入ってきた、いかにも常連さんらしきお客さんはスジを注文。スジ肉は関西、西日本側のおでんには必須のアイテムですもんね。
「硬いのでええ? やわいのにしとく?」
と確認するおかみさん。
「今日はやわいのにしとくわ」
へぇ、スジも硬いのとやわい(軟らかい)のがあるんだ。
「すみません。私も、硬いのとやわいのとを、1本ずつください」
さっそく試してみることにしました。
門前仲町「大坂屋」の煮込みにも、硬いのと軟らかいのがあるのですが、これは煮込み具合が浅いものと、よく煮込んだものの違い。弾力感はもちろん異なりますが、煮込み汁の染み込み具合が違うことで、別の食材を食べているような感じになるのです。ここ「あわもり」のはどうかな。
「はい、スジのやわいのと、こっちが硬いのね」
この店では、一番最初に大鍋から取ってくれるお皿が、そのあとお勘定をするまでの間、自分のお皿になり、それ以降、追加注文するおでんは、大鍋から取り分け専用の小皿に取って、自分の席まで持ってきてくれて、そこで自分のお皿の上に置いてくれるのです。
おぉ。このスジ肉は明らかに違う。やわいのはスジ肉の中でも肉の部分が主体で、見た目も茶色っぽい。硬いのは、まさにスジの部分が主体で、ちょっと透き通る感じの白さです。なるほどなあ。この店で、メニューに載っているおでん種は15種類なのですが、こういうオプションの違いも含めると、もっとたくさん種類があるのかもしれませんね。
これまでは出張のついでに「あわもり」に来るというパターンだったので、店に来るのも開店時刻の午後4時から1時間程度。本格的な常連さんがやってくる前に、店を後にすることがほとんどだったのです。その店の魅力をじっくりと味わうためには、やっぱり常連さんの中に混ざって、常連さんがどういう楽しみ方をしているのかを見るのが一番ですもんね。今回のスジ肉ひとつを例にとっても、それが言えると思います。これからはそういう常連さんが多い時間帯をねらって来なきゃね。
「泡盛おかわり。甘めにしてや」と常連さん。注がれる泡盛は、泡盛がちょっと少なめで、梅酒が多め。なるほどねえ。「宇ち多゛」(立石)の梅割りとおんなじだ。
「私も泡盛おかわり。辛めにしてください」
この注文で、ほとんどが泡盛で、ちょっとだけ梅酒が入った、ドライな泡盛になりました。う~ん。濃いけど、うまいっ!
おでんのほうはネギマと玉ネギをもらいます。ネギマは筏(いかだ)状に並んだネギの間に、チビッと肉片が入ったもので、注文を受けてからおでん鍋に投入されます。玉ネギは櫛(くし)切りにした玉ネギを串に刺したもの。これも注文を受けてから鍋に入れられます。どちらもこの店で大人気の食材。ずっとタンパク質系が続いたので、ここでちょっと野菜を食べて口直しです。
「泡盛、もう1杯。さっきと同じで、辛めにしてください。あと厚揚げをお願いします」
午後6時を過ぎたころから、ひとり、またひとりとお客さんが増えていたのですが、午後6時半を回ると、おかみさんはてんてこ舞いの忙しさ。やっぱり土曜日でも人気なんですねえ。
厚揚げは一品のボリュームがかなりあるので、これを注文しておけば、しばらくおかみさんの手をわずらわせることがないのです。この厚揚げが、これまたここの煮汁とよく合ってるんですよねえ。
ほとんどの常連さんは、おでんを3品くらいつまみながら、泡盛を3杯ほど飲んで、お勘定は千円未満。だからこと毎日のように来れるんですね。久しぶりにやって来た私は、次々に注文するもんでお皿の上には、串がずらりと9本並んでいます。最終的に、この串の本数でお勘定してくれるのです。飲み物はビール大瓶1本に泡盛が3杯。この店では大ぜいたくな部類に入ります。
午後7時を回ったところでお勘定をお願いすると、そんな大ぜいたくをしたにも関わらず1,790円でした。どうもごちそうさま。また来ますね。
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コメント
ようこそ!と言うより、お帰りなさい、呉へ!!
巨大な首都圏読者の皆様には申し訳ないですが、
呉に住む私にとっては、呉と松山・愛媛の記事が心に沁みていました。
細うどん、スタンド、呉のとり屋(新鮮な魚を出す呉の焼鳥店。呉市最南の倉橋町鹿島出身の方が始められた呉独自のスタイル。味噌煮、スープ豆腐、酢だれで食べるささ身の天ぷらなど、鳥料理も独特。呉では焼鳥屋ととり屋の微妙なニュアンスを使い分けてます)など、
地元の人間が気づかない新鮮な視点で、呉の飲食文化をずっと以前から分析。
嬉しいな、すごいなと、昔から「居酒屋礼賛」のファンでした。
最近やっと、市内飲食組合が「呉の細うどん」で盛り上がってます。
そして、広の「あわもり」だ!もしかしたら、呉市内のコアな常連より、
首都圏の方々がこの店に興味を持たれているかもしれないですね。
先日も、鉄のゲージツ家、クマさんこと篠原勝之さんがご来店、
壁にマジックペンのサインが残っています。
情報社会に全く疎い店主ご夫婦、あくまでマイペースで店を守っておられます。
カワ、コンニャク、厚揚、美味いです。
スジの硬いのは、ジョーズ・ブレーカー(顎砕き)と勝手に命名したほどの硬度があります。
呉の町で、さりげなく、隣の席に座り、『やあやあ』などとお話できたらいいなと、
勝手に思っております。
投稿: 遊星ギアのカズ | 2010.04.17 20:36