
遊星ギアのカズさん(以下、“カズさん”と略します)に引率していただいて、遠く東京からいらっしゃったMさんと3人で、呉の南側の、瀬戸内海に面した倉橋島に来ています。
本浦の食事処「かず」で昼食をとったあと、静かな瀬戸内海を眺めながら、トコトコとバス停ふたつ分ほど歩くと桂浜・温泉館に到着します。ここで地元の倉橋交通バスに乗り換えるのです。
「先月までなら、呉市営バスで直接行くことができたのですが、10月のダイヤ改正で、この温泉館までしか来なくなったんですよ。ずいぶん不便になりました」と教えてくれるカズさん。地元のみなさんも、ここでバスを乗り換えています。
ここからさらにバスに乗ること15分。目的地、室尾(むろお)に到着です。時刻は午後2時半。カズさんが事前に「北吉鮮魚店」に連絡してくださったところ、「午後4時くらいに入ってください」ということだったそうなので、それまでの間、1時間半ほど室尾の町を散策することにします。
この散策も、実はカズさんの事前の計画に織り込まれていたもの。前回も書いたとおり、倉橋島の歴史は古く、古来より瀬戸内海交通の要衝として栄えていたのです。なので、ここ室尾も、立ち並ぶ家々や、その間を縫うように走っている路地の様子に、長い時間をかけて蓄積されてきた歴史の重みを感じます。その昔、水軍の人たちも、このあたりを跋扈(ばっこ)していたのかなぁ。
倉橋島の地酒「三谷春(みたにはる)」を造っている林酒造の創業は文化3年(1806年)。この地で200年以上お酒を造り続けているんですね。ちょうどナマコ壁の工事もしていて、ナマコ壁ができていく様子も合わせて見学。何年かかけて、酒造の周りの壁をすべてナマコ壁にするんだそうですよ!
林酒造の近くには、昔ながらの小さなラムネ工場もあって、玄関先で小売もしてくれます。ラムネは、瓶の中にビー玉が入った状態で瓶を洗浄し、そこに砂糖で味付した炭酸水(ラムネ)を注入します。そこで瓶が上下反対になり、下側になった口のほうを負圧(真空に近い状態)にすると、ビー玉が瓶の口をしっかりとふさいで、ラムネができあがるんだそうです。
室尾の漁港に戻ると、カズさんが近くのお店から買ってきたのは、かっぱえびせん。「実はこれ、カモメの大好物なんですよ」とカズさん。そんなこと言っても、漁港の中にはカモメが1羽、プカプカ浮いてるだけじゃないですか。
「まあ見ててください」と言いながら、カズさんがかっぱえびせんを港に投げ込むと、どこにいたのか、カモメが1羽、また1羽とやってきて、見る見るうちに30羽近いカモメが近くにやってきたのです。
最初は遠くで警戒しながら海に浮かぶかっぱえびせんを見ていたカモメも、勇気ある1羽がえびせんを食べてからは、徐々にみんなが食べ始めたばかりか、カズさんの近くへ近くへとカモメの輪が狭まってきます。おもしろいなぁ、カモメにはこんな習性があったんですね。海老の匂いに敏感なんだ。陸側にいた子猫までえびせんを食べにやって来て、カズさんは一躍、花咲かじいさんならぬ、えびせんにいさんになりました。
ふと時計を見ると、すでに4時を回っています。それじゃそろそろ、本日のメインイベント、「北吉鮮魚店」での夕食に向かいますか。
「北吉鮮魚店」は、道路に面した側は「北吉鮮魚店」として地元でとれた魚介類の販売をしていて、角を曲がった路地の側に別の入り口があって、そちらには「北吉さしみ」という看板がかかっています。こちらが居酒屋コーナーになっているのです。
店内は、入ってすぐの土間(タイルが敷かれている)に木製の長テーブルがあって、そこに8人から、ぎゅっと詰めると10人ほどが座れます。右手は座敷の広間になっていて、こちらはちょっと規模の大きい宴会もできる模様。ちょうど今日は、地元の人たちの宴会予約が入っているんだそうで、座敷席は貸し切り状態です。
我われ3人は長テーブルの奥側の辺を囲むように座り、まずは生ビールで乾杯すると、すぐに刺身の盛り合わせが出されます。事前の電話のときに、カズさんが刺身と、ゆびき、あらだき、天ぷらをたのんでおいてくれたんだそうです。
刺身は大皿にたっぷりと5列の盛り合わせになっていて、サザエ、タコ、イカ、ヒラメ、エンガワ、タイ、タイの皮、そしてハマチというラインナップ。
店内に掲示されている中国新聞の記事によると、地元で仕入れた魚は、すぐ目の前にある魚港内のいかだにつるした網の中で泳がせておき、必要になったときに、海水を引き込む方式の店内のいけすに移してくるんだそうです。
白身の魚でも味わいが濃いのが瀬戸内の魚の大きな特徴。ちょっと甘めの地元の醤油との相性も抜群です。
乾杯の生ビールのあとは、地元の地酒、「三谷春」を燗酒でいただきます。
「千福」などをはじめとする、呉のお酒。東京で飲んでいたときは、そのやわらか過ぎる味わいに、「なんだか物足りない感じだなぁ」と思ったりもしていたのですが、こちらに来て、地元の味わいの濃い魚と合わせると、この酒の味がぴったり。この魚と一緒に飲まないといけないお酒だったんですね。「三谷春」もそんなお酒。地元の魚によく合います。
続いては、ゆびき。これは地元でとれた大穴子を、文字どおり湯引きしたものですが、アナゴの身は、骨切りではないんでしょうが1センチくらいずつの幅で包丁が入れられています。これは酢味噌でいただくんですね。おぉ~っ。なんという弾力感。プリップリというのを通り越して、魚なのにイカに近いほどの強い弾力です。なるほど。これだけの弾力感があるから、1センチおきに切り目を入れてたんですね。そのまま出されたら噛み切るのが大変かも。
この刺身と湯引きは、この店の2大名物らしく、我われのあとからひとり、またひとりと入ってきた地元の常連のところにも、まずは刺身の小皿が出されて、そのあと湯引きの小皿が出されています。ひとりでやってきても、小皿の分量で出してもらえるのなら、刺身+湯引きも大丈夫そうですね。ちなみに、ひとりずつやってきた常連のおじさんたちも、我われと同じ長テーブルに相席で座っていきます。
ここ「北吉さしみ」の壁に掲示されているメニューには値段表記はなく、さしみ、ゆびき、あらだき、煮つけ、天プラ(18時以降)、フライ、みそ汁、お吸物、照焼(ハマチ、18時以降)、塩焼(ハマチ、18時以降)、だし巻き卵(18時以降)、冷やっこ、豚耳(品切れ中)、砂ズリ(18時以降)、モモ串(18時以降)、から揚げ、焼き鳥、生ビール、ビール(大)、清酒、焼酎というラインナップ。魚に加えて、鶏料理も並んでいるところに、この島が呉発祥の酒場文化である「とり屋」のルーツなんだということを感じますね。先ほどの中国新聞の記事によると、料理の大半は1人前が500円なんだそうですが、この記事がいつの記事なのかが不明です。
あらだきも登場。魚のアラと、豆腐、ネギというシンプルな煮物ながら、これも魚のおいしさが引き立ちます。
「そういえば、「魚菜や」の女将さんから、ここに来たら、魚のもつ煮込みは絶対に食べたほうがいいと薦められたんですけど」とカズさんに話してみると、
「魚のもつ煮込みは、ある時とない時があるんですよ。ちょっと聞いてみましょう」
と店の人に確認してくれたところ、あるとのこと。刺身と湯引き、あら炊きで、すでに満腹に近い状態なので、天ぷらをやめて、代わりに煮込みを出してもらうことにしました。
この煮込みは、刺身用にさばいた魚の内臓を集めて作るので、量は少なく、普通は1日1組程度しか食べることができないんだそうです。今日は座敷で宴会も行われているので、さばく魚の量も多かったんでしょうね。
はじめて食べた魚のもつ煮込み(冒頭の写真)。牛や豚のもつ煮込みと同じく、内臓のさまざまな部位が入っていて、コリコリと強い弾力感のある胃や腸の部分。ねっとりとコクがある肝の部分など、味わいこそ違うものの、食感はかなり似ています。しかし、牛や豚のもつ煮込みが焼酎やホッピーに合うのと比べて、こちら魚のもつ煮込みは圧倒的に日本酒。それも燗酒にぴったりです。これはいいなぁ。クセになりそう。
このころ(といってもまだ夕方6時ごろ)には、地元の若い男女4人連れも入ってきて、長テーブルもほぼ満席状態。座敷のお客さんたちもお酒がまわって、ワイワイと楽しそうです。我われ3人以外は、ほぼ地元のお客さんの様子。こんな店が家の近所にあるといいだろうなぁ。
「そろそろ店を出ないと。呉に帰るバスの最終便は18:40発です」とカズさん。時計を見ると6時半。バス停は近いものの、急がないと!
お勘定は3人で12,500円(ひとりあたり4,200円弱)。新鮮な珍しい魚をいっぱい食べて、たっぷりと飲んだのに、安いですよねぇ。呉から遠くて、終バスが早いのが玉に瑕(きず)だ。
室尾を18:40(午後6時40分)に出発し、桂浜・温泉館で呉市営バスに乗り換えると、呉駅に到着するのは午後8時の予定。まだまだ夜はこれからですね。さぁ、二次会は呉だ!

さしみ / ゆびき / あらだき
・店情報
《平成22(2010)年10月23日(土)の記録》
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